苦しい目に出遭ったら
Release: 2022/10/15 Update: 2022/10/15
苦しい目に出遭ったら
人間苦しい目に出遭ったら自分をそういう目に遭わせた人を恨むよりも、自分のこれまでの歩みの誤っていたことに気がつかねばなりません。かくして初めて自分の道を開けるのです。また人間の内面的な強さもしなやかさも、かくして初めて鍛えられるのです。【247】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
自分を内観する習慣をしっかりつけどこかで反省しなければならない部分というのがあるものです。
苦しみというものの捉え方も、幸せというものの捉え方も、人それぞれの多様性があると認識もしなければいけないと思います。
苦しい時に他のせいにしたいのは実際は自己防衛の本能的な部分があると思います。
なぜ自分はこんな考え方をするのだろうと考えることの出来ない状態では、しなやかさもあったもんではないですね。
苦しみが来たら喜んでそれを受け入れ自分の悪いところの直すチャンスと考える人が成長していくのは明白です。
そういう人に私もなりたいと感じます。
いろいろと忘れてはいけませんね。
関連コンテンツ
古来偉人は、すべて自分の置かれた境遇に於て立派に生きている。世間的な地位は天命ゆえ、それぞれの地位に安住して悠々とわが道を拓かねばならぬ。 運命を創る100の金言 偉人という人はどこかで何かを悟った人…
才能とは磨かれるもの 井戸水も、これを鶴瓶で汲み出さなければ、地上にもたらして、その用に充てることはできず、また鉱物も鉱石もそのまま地中に埋もれていたんでは、物の用に立たないように、今諸君らにしても、…
心の養分は足りているか ひとたび「心の養分」ということになると、われわれは平生それに対して、果たしてどれほどの養分を与えていると言えるでしょうか。からだの養分と比べて、いかにおろそかにしているというこ…
「約束ごと」を守る 社会秩序の上における上下の関係というものは、いわば世の中の「約束ごと」とも言うべきものでありますから、これを踏み外すということは、同時にそのまま、世の中そのものから踏み外して、社会…
「肚をすえる」などと申しますと、まったく非合理的なコトバとして歯牙にもかけない人もおありでしようが、人間は観念では救われないもので、観念が肉体化せられなくては、運命超克の一路はひらかれないのであります…