三味境を味わう
Release: 2022/10/25 Update: 2022/10/25
三味境を味わう
われわれが真に、自己の充実を覚えるのは、自分の最も得意としている事柄に対して全我を没入して三昧の境にある時です。そしてそれは、必ずしも得意のことではなくとも、一事に没入すれば、そこにおのずから一種の充実した三昧境を味わうことができるものです。【373】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
この一時一事ということは案外忘れてしまうものです。
とにかく仕事というのは同時に様々なことが起きるわけですし、日常生活でもそれは起きることです。
どこから手をつけていくかということは内心わかっているという先生の言葉はたしかにと思います。
そうなんです。大体の場合わかっていながらやらないことというのが存在していると思います。
やりやすいこと、楽しいことを先にするのは人間の常なんでしょうがそれでは問題が起きるというのは当然ですね。
一事に没入する。捨てていく。
このことに本気で常に考えないといけないと改めて思います。
関連コンテンツ
一気呵成 すべて実行的な事柄というものは、原則としては「一気呵成」ということが、事を成す根本と言ってよいでしょう。【372】 #修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更…
人生の首尾を押さえる 今「人生を正味三十年」と考えるとなると、それはいわば人生という大魚を、頭と尾で押さえるようなものです。魚を捕らえるにも、頭と尾を押さえるのが、一番確かな捕え方であるように、人生も…
下坐行① われわれ人間も、どうしても真実を積まねばならぬわけですが、しかし事を積むには、まずどの土台からして築いてかからねばなりません。では人間を鍛えていく土台は、一体どういうものかというに、私はそれ…
教育の根本動力 真の教育とは、人材を植え付けることによって、この現実の世界を改革しようとするたくましい意力を、その根本動力とするものでなくてはならぬはずです。【124】 #修身教授録一日一言 #森信三…
思えば私達が、何ら自らの努力によらないで、ここに人間としての生命を与えられたということは、、まことに無上の幸と言うべきでしょう。しかも私達は、これが何ら自己の努力によるものでないために、かえってこの…