存在感
Release: 2022/11/02 Update: 2022/11/02
存在感
真に偉大な人格は、これに接した人々が、直接眼のあたりその人の接した時よりも、むしろその膝下を去って、初めてその偉大さに気付くものであります。金剛山の高さは、山の中にいる時よりも、これを遠ざかって石川河畔に立ち、さには河内平野に立つ時、いよいよその偉容を加えて来るものであります。【118】
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一道をひらくというようなことを人生の中では考えなければいけないのでしょうね。
人生二度なしということを深く考えればいろいろな視点や視座ができるのでしょうけどね。
先生は死後30年たったのちにまた教授録が出版されるというほどですから一道をひらく者を実践した人なんだと思います。
いったい何人の人の魂に火をつけたのでしょうか。
ところで、様々な自分の状態によって本というのは感じ方が様々ですね。
この感覚を忘れないようにしなければいけないと思います。
来年の今、教授録を読めばまた違った感覚になるのですから深い本を読まなければいけません。
去年の自分を振り返ることもしないといけないですね。
余裕がないのか、意識がたりないのか。
頑張らねばいけませんね。
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