中心より面目に達す|3月29日のことです。
Release: 2018/03/29 Update: 2018/03/29
其の親死すれば則ち挙げて之を壑に委つ。(中略)其の顙に泚たるありて睨して視ず。夫の泚たるに非ず、中心より面目に達す。(滕文公上五章)
3月29日の孟子一日一言です。
【訳】
親が死ぬと、その死骸を運び、谷間に棄てた。(中略)(その死骸に鳥獣が群がっているのを見て)人は額に冷や汗を流し、横目でちらっと見るだけであった。その冷や汗は、他者に見られるのを恥じたからではない。心の底から親に対してすまない、忍びないと感じて、顔色ににじみでたのである。
大昔は弔いとはそういう状態だったんですね。
なんとも言えないですね。
それが常識だったのでしょうね。
そののちに埋葬するようになり、国よっては火葬するようになったのですね。
しかし、昔に比べて火葬の時間が短くなりました。
今日も一日がんばります。
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