二度とない人生を㉑

人間はおっくうがる心を刻々と切り捨てねばならぬ。そして歳をとるほどがそれが凄まじくならねばならない。
例えば、通勤の途中、駅の階段やコンコースの間に空缶もしきは新聞が乱れて落ちておった場合、おっくうがらずにさっと拾えるかどうか。私は残念ながら、まだまだ至り得ない自分を反省する段階です。その点家族の履物をそろえるという点では、うんと確立が上昇して九割をマークするのではないでしょうか。これはホンの一例ですが、日常の些事について気がつきつつ、面倒くさいから、明日にしよう、あさってにしようという場合が実に多いものです。
身近な整理ひとつとってみても、それをおっくうがらずに、その場その場に迅速に処理しておくと、大変助かるものです。森先生は所縁の方の著述に通算二八〇篇ほどの序文を書き残しておられますが、だいたい依頼を受けたその日の内にすばやく原稿をものされ、二、三日後、あらためて見直し、補筆した上で送られるという次第で、即今着手、すぐその場で~との方針で物事をすばやく処理されてました。
この言葉を聞いてから、どれほど「即今着手」ができたでしょうか。 考えてみると、本当にわずかしか実践できていないように思います。 すぐにやれば大抵の問題は解決するのですが、現実には同時に仕事が重なることも多く、 その処理をどう進めるかが大きな課題です。
私の職業柄、集中して作業する時間が多いのですが、 むしろ「集中しすぎないように」周囲への心配りをすることも大切だと感じます。 仕事とは、やり方次第。 自分で抱え込まず、誰かに任せる、手を分ける――そうした工夫も必要です。 しかし実際には、「自分でやった方が早い」「問題が少ない」と思ってしまう。 まさに、わかっていながら出来ていないことの典型です。
それでも少し離れてみると、今まで見えていなかった方法が見えることもあります。 おっくうがる心を切り捨てるとは、ただ動くことではなく、 自分の心の重さを見つめ、そこから一歩踏み出す勇気を持つことなのかもしれません。 少しずつでも、即今着手の習慣を身につけていきたいと思います。
#心魂にひびく言葉 #森信三 #寺田一清







