天の聴くは我が民の聴くに自ふ|6月29日のことです
Release: 2018/06/29 Update: 2018/06/29
天の聴くは我が民の聴くに自ふ
太誓に曰く、天の視るは我が民の視るに自ひ、天の聴くは我が民の聴くに自ふと。(万章上五章)
たいせいにいわく、てんのみるはわがたみのみるにしたがい、てんのきくはわがたみのきくにじたがうと。(ばんしょうかみごしょう)
【訳】
『書経』の「太誓篇」のいっている。「天は(目も耳もないから)我が民の目を通して視、我が民の耳を通して聴く」と。
〇松陰は、「人は天地の気を受けて体とし、天地の理(ことわり)を受けて自分の心としている。これが人の心をそのまま天の心とするということである」と記している。
6月29日、孟子一日一言の言葉です。
天という存在。
今の自分に必要なことも大きなくくりでいえば決まっているのかもしれません。
自分で何かを成し遂げているような感覚になっても実際は天から定められていることに従っているのかもしれませんね。
成るようにして成る。そういうこともあるかもしれません。
そこからどう学び修正していくか。
今日も一日がんばります。
関連コンテンツ
二人に弈を誨へしむ 弈秋そして二人に弈を誨へしむ(告子上九章) えきしゅうをしてにたりにえきをおしえしむ。(こくしかみきゅうしょう) 【訳】 (国内一の名人の)秋に、二人の弟子に囲碁を教えさせることに…
君子は人と善を為すより大なるはなし これを人より取りて以て善を為すは、是れ人と善を為す者なり。故に君子は人と善を為すより大なるはなし。(公孫丑上八章) これをひとよりとりてもってぜんをなすは、これひと…
教ふるに人倫を以て 人の道あるや、飽食暖衣、逸居して教なければ、則ち禽獣に近し。聖人之れを憂ふるあり、契をして司徒たらしめる教ふるに人倫を以てして、父子親あり、君臣義あり、夫婦別あり、長幼序あり、朋友…
子路曰わく、未だ同じからずして言ふ、其の色を観るに赧々然たり。由の知る所非ざるなりと。是れに由りて之れを観れば、則ち君子の養ふ所知るべきのみ。(滕文公下七章) しろいわく、いまだおなじからずしていう、…
彼れを如何せん 君彼れを如何せん(梁恵王下十四章) きみかれをいかんせんや。(りょうのけいおうしもじゅうよんしょう) 【訳】 王様(薛というところに齊がお城を築いているからといって)それをどうすること…