我の外に何物もなし|7月8日のことです。
Release: 2018/07/08 Update: 2018/07/08
我の外に何物もなし
実は、世に我の外には何もないのである。我が目で見た花であり、我が耳が捕えた鳥であり、我が手がふれた物質であり、我が全身に知った人類であり、社会であり、科学であり、芸術である。
我あるが故に、自然がある。我ありて、社会がある。我あって、はじめて存在する宇宙である。故に、我の外に何物もない、ことごとく我である。
存在は、ことごとく我であり、我の外に何物もない。大宇宙即ち我である。故に「我」ととりたてていう我はない。
7月8日、丸山敏雄一日一話幸せになるための366話、今日の言葉です。
我というのは自分ですね。
自分の存在がなければ何もない。
今のこの現実ですら自分が考えたり行動した結果であります。
とにかく自分を意識して見ることですね。
人から見えている自分、自分から見えている自分、すべて自分という存在があってのことです。
自分を大切にしなければなりませんね。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
関連コンテンツ
私の職場 今日一日の私の個性をことごとく、人類の幸福のため世界文化のため有らんかぎりに燃やしたてるのはその職場のほかにないと思うと、おのずからえりを正す気持ちになる。進み勇んで、さっと入って行く、私の…
人の世のすべては、自分の鏡であり、さらに草木も、鳥獣も、自然の動きも皆、わが鏡であることが判ってくる。 作物も、家畜も、わが心の生活をかえれば、その通りに変わっていゆく。 私をとりまく大自然は、ただわ…
苦難を迎える心 苦難には、それぞれ原因がある。その原因は、すぐに自分で処置できることと、自分でどうにもならぬこととがある。 それが、苦難に出会った時、驚いたりきらったり恐れたりすると、目がくらんで―心…
涙の調教を経た愛 涙の調教を経ない、いわゆる愛は、山から捕えてきたばかりのサルのように、どこにかみつくかわからない。 愛は、人間のものにならなければならぬ。 愛が人間のものとなってくると、まずにじみ出…
決死の覚悟 鉢巻は、いざという時、「我が身は神の占めるところとなれ。神様に差し上げるから、神よ、我が身を拠りどころ(依代)として乗り移れ」というような心持ちでしめたのである。決死の覚悟を決めたというし…