仲尼は已甚だしきことを為さざる者なり|5月24日のことです。
Release: 2018/05/24 Update: 2018/05/24
仲尼は已甚だしきことを為さざる者なり
仲尼は已甚だしきことを為さざる者なり。(離婁下十章)
ちゅうじははなはだしきことなさざるものなり。(りろうしもじゅっしょう)
【訳】
孔子は極端なことは決してされない人であった。
孟子一日一言、5月24日の言葉です。
極端なこととはどういうことでしょうか。
たとえば、松陰先生は極端だと思いますね。
ペリーの船に乗ろうとしたり、監獄で勉強を教えたり。
本当に孔子様が極端なことをしない人だったかはわかりませんがお弟子さん達は極端な人が多かったんでしょうね。
なんせ強い意志や熱意がなければ論語は作れなかったと思います。
そんなことを考えながらも今日も一日やるべきことをやります。
関連コンテンツ
同・独 膾炙は同じくする所なり、羊棗は独りする所なり。名を諱みて姓を諱まず。姓は同じくする所なり、名は独りする所なり。(尽心下三十六章) かいしゃくはおなじくするところなり、ようそうはひとりするところ…
千万人と雖も吾れ往かん 自ら反みて縮からば、千万人と雖も吾れ往かん。(公孫丑上二章) みずからかえりみてなおからば、せんまんにんといえどもわれゆかん。(こうそんいかみにしょう) 【訳】 自分で己を振り…
禹、外に八年、三たび其の門を過ぐるも而も入らず。(滕文公上第四章) う、そとにはちねん、みたびそのもんをすぐるもしかもはいらず。(とうぶんこうかみだいよんしょう) 【訳】 禹は(治水に取り組み)我が家…
勢を忘れる 古の賢王は善を好みて勢を忘る。古の賢士何ぞ独り然らざらん。其の道を楽しみて人の勢を忘る。(尽心上八章) いにしえのけんおうぜんをこのみていきおいをわする。いにしえのけんしなんぞひとりしから…
子を易へて之れを教ふ 子を易へて之れを教ふ。(離婁上十八章) こをかえてこれをおしう。(るろうかみじゅうはっしょう) 【訳】 (昔は)自分の子供と他者の子供をとりかえて教えた。 〇松陰は、「人の道の根…