六十以後が勝負
Release: 2022/04/14 Update: 2022/04/14
六十以後が勝負
人間というものは、自分がかつての日の同級生なんかが、どんな立派な地位につこうが少しもあわてず、悠々として、六十以後になってから、後悔しないような道を歩む心構えが大切です。知事だの大学教授だの言ってみたところで、六十をすぎる頃になれば、多くはこれを恩給取りのご隠居さんにすぎません。【140】
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この講雑話は何回も読んでいますが、その時々で実に考え方が変わるもので実際読書とはなんども読まないといけないような気もしていきます。
今の時代働くということ自体が日本の場合は60歳ではなくなってきていてサラリーマンでも65歳は確実でそれ以降70歳くらいは働く時代なのではないかと考えてしまいますね。
実際、私なんかでも住宅ローンが70歳なのですからそれまでは働かなくては返していけませんね。
時代の感覚的には、10歳は伸びているでしょうね。
すべては自分の心構えというのはたしかにそうです。
まずは体を整え挑戦、実践を繰り返し楽しみながら進んでいくしかないと考えます。
すべて物事の長短を冷厳に見て、しかも固定化せぬこと。しかも流動を流動のままにとらえつつ、流されない。
なるほどですね。
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