帰すれば斯に之れを受けんのみ|12月13日のことです。
Release: 2018/12/15 Update: 2018/12/15
帰すれば斯に之れを受けんのみ
墨を逃るれば必ず楊に帰し、楊を逃るれば必ず儒に帰す。帰すれば斯に之れを受けんのみ。(尽心下二十六章)
ぼくをのがるればかならずようにきし、ようをのがるればかならずじゅにきす。きすればここにこれをうけんのみ。(じんしんしもにじゅうろくしょう)
【訳】
墨子の教えを学ぶ者がその誤りを悟ると必ず楊子の門に走り、やがて楊子の説の誤りを悟ると必ず(中庸を得た)儒学の道にもどって来る。儒学の道にもどって来たら、これを受け入れるだけのことである。
12月13日、孟子一日一言の言葉です。
墨子、楊朱の思想を学んで誤りに気付く。
極端な思想なのでしょうか、学んだことはありませんが。
結局は孔子や孟子のを学ぶことになったのでしょうか。
人それぞれに考え方は違うし何をを信仰しようが自由だと思いますがね。
論語は考えさせられることが多く。孟子は力をもらうことが多いように感じます。
個人的には。
今日も一日がんばります。
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