過小・大|9月10日のことです。

Release: 2018/09/10 Update: 2018/09/10
過小・大
凱風は親の過小なるものなり。小弁は親の過大なるものなり。(告子第三章)
がいふうはおやのあやまちしょうなるものなり。しょうばんはおやのあやまちだいなるものなり。(こくししもさんしょう)
【訳】
(詩経の)凱風篇の詩の場合は、母親の過ちは小さいものであった。(同じく)小弁篇の場合は父親の過ちが大きかったからである。
〇松陰は、「凱風の詩の小をは、それが家庭内の問題に過ぎないからである。また、小弁の詩の大とは、それが天下、国家の安危存亡に関係したことだったからである。この議論は、道徳上、身分に伴って必ず守るべき本文にかかわる問題である。気楽に考えるべきでない」と記している。
9月10日、孟子一日一言の言葉です。
話の背景がよくわからないため、何ともいえませんね。
今は女性でも一家を支え、国や町を支えている人いますので。
今日の家庭での兄弟げんかより、台風や地震のことの方が大事なのは間違いありませんね。
今日も一日がんばります。
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