酔生夢死の徒
Release: 2022/11/15 Update: 2022/11/15
酔生夢死の徒
人間が志を立てるということは、いわばローソクに火を点ずるようなものです。ローソクは、火を点けられて初めて火を放つものです。同様にまた人間は、その志を立てて初めてその人の真価が現れるのです。志を立てない人間というものは、いかに才能のある人でも、結局は酔生夢死の徒にすぎないのです。【328】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
真の志は難しい問題ですが、今現在の仕事をしっかりとこなしいかにお役に立つということしか現在の私にはないわけです。
職業即天職論から言えば、どんな仕事でもそれ自体に意味があり世の中の役に立たないものは存在しないわけです。
そうなると、そこを突き詰めていくしかないわけで、やはり現在の職業を精一杯やるしかないと感じます。
仕事にまだついていない若い間は大きな志をもってのぞむことが必要だと思いますが、人生も半分以上過ぎた今、現状の仕事を突き詰めた先にあるものに志を照らし合わせていく他ありません。
どこからでも火はつくものです。
見やすい、役にたつを目指していくことが大事だと改めて感じます。
関連コンテンツ
教科書では事足りぬ 今諸君らが、将来ひとかどの人間になろうとしたら、単に学校の教科書だけ勉強していて、それで事すむような姑息低調な考えではいけないと思うのです。【67】 #修身教授録一日一言 #森信三…
現代の人々は、自分が人身を与えられたことに対して、深い感謝の念を持つ人ははなはだ少ないようであります。仏教には「人身うけがたし」というような言葉が昔からいわれているのです。つまり昔の人たちは、自分が人…
真の志 真の志とは、自分の心の奥底に潜在しつつ、常にその念頭に現れて、自己を導き、自己を激励するものでなければならぬのです。書物を読んで感心したり、また人から聞いて、その時だけ感激しても、しばらくたつ…
では、私が諸君らに対してこの本をお奨めするのは、一体いかなる意味においてでしょうか。それというのも諸君らも知ってのように、この楽翁公という人は、決して普通の意味での教育者ではないからです。楽翁公につ…
三十年を生き抜く 道元禅師は「某は坐禅を三十年余りしたにすぎない」と言うておられますが、これは考えてみれば、実に大した言葉だと思うのです。本当に人生を生き抜くこと三十年に及ぶということは、人間として実…