人間的威力を鍛錬する
Release: 2022/12/02 Update: 2022/12/02
人間的威力を鍛錬する
真の修養とは、人間的威力を鍛錬することです。無力なお人よしになることは、大よそ天地隔たることと言ってよいのです。つまり真の内面的な自己を築くことです。その人の前では、おのずから襟を正さずにはいられないというような人間になることです。【138】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
一日一日、自分を考えてみるということは重要なことだと思います。
全ては自分に向かないといけませんね。
なぜこういう発言をしたのか、今どういう気持ちでやったか。
当然ながら様々に湧き上がる感情や言動がありますが実際よくないことを考えることもあります。
それをそのままにしているようではいけないと思うのです。
出来もしないことを断らないとかも同じですね。
時間的に余裕がないので出来ないのに受けてしまうというようなことも実際問題ですが、実行がないと反省もないというようなこともあります。
こんなこともしっかり考えることをしなければ次につながらないのです。
相当気合をいれて一分一秒無駄にしないように頑張らないといけません。
関連コンテンツ
長の心得 人の長たる者としては単に自分の一人が誠実というだけでなく、 多くの人々を容れるだけの度量の広さとともに、 さらに、一旦、事が起こった場合には、 身をもって部下をかばうだけの一片の侠気ともいう…
教師の資格 真に人を教えるというには、自ら自己の欠点を除き得た人、あるいはむしろ常にわが欠点を除去しようと努力しつつある人にして、初めてできることでしょう。【499】 #修身教授録一日一言 #森信三…
宗教・哲学の役割 自分の情熱を深めていくには、一体どうしたらよういかというに、それはやはり偉人の伝記を読むとか、あるいは優れた芸術品に接することが、大きな力になることでしょう。そしてそれを浄化するには…
この「尚友」という言葉は、諸君らにとっては、あるいは耳新しい言葉かと思いますが、これは友を尚ぶという意味で、この言葉は読書と並べて、古来「読書尚友」というふうに使われている言葉であります。げんに松陰先…
敬について 敬とはどういうことかと申しますと、それは自分を空しうして、相手のすべてを受け入れようとする態度とも言えましょう。ところが相手のすべてを受け入れるとは、これを積極的に申せば、相手のすべてを吸…