おおらかに育てる|5月5日のことです。
Release: 2019/05/05 Update: 2019/05/05
おおらかに育てる
女の子には美しい着物を着せたり、男の子は頭をいろいろにつんだりする。大人のできそこないのようにして玩具にしている。これは愛情と間違えているのであります。
子供は、できるだけ簡素に大らかに育てる。
子供の教育は、あまり細かに、けちけちと教育してはダメです。
「大行は細瑾を顧みず」、充分に徹底的に、自己の力を伸ばすように教育いたしませんと、子どもをいたわるツミとなるのであります。
丸山敏雄一日一話幸せになるための366話、5月5日の言葉です。
大行は細謹を顧みず―大事業を成し遂げようとする者は、ささいなことにこだわらずに事を行う。
子供の教育というのは両親でするものですからまた難しい。
育った環境が違いますから受け入れることも大事ですね。
何が良かったということも子供が大人にならなければわからないものです。
どんなに学生時代が優秀でも社会に出て変わる場合もありますし。
まあ、少年たちも自分のことですからしっかりと将来を考えながら育ってほしいものです。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
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