一道をひらく
Release: 2022/06/01 Update: 2022/06/01
一道をひらく
一道をひらくということは、それによって自分自身が救われると共に、さらに後に来る同じ道をたどる人々に対して、その行く手を照らすという意味がなければならぬと思うのです。
すなわち、われわれ人間は、真に自己の生活に徹して生きた時、一人自分がその職責を全う得るのみならず、さらに同じ職域にいる他の人々に対しても、何らかの意味で、お役に立つことができるのであります。【116】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
偉人となる人というのは、この一道ということを生涯を通じて行える人であると思えます。
そういう意味では教授も偉人と言える大人物です。
今の時代にも偉人となるべき人たくさんいるでしょうが同時代を生きているとなかなか気づきにくいものです。
それはやはり今の人は過去の偉人を感じることができるということと、今は情報が取りやすく判断の材料が多いということがあるかもしれません。
教授はよく隠者ということも話のなかでは出て来るのですが、今もそういう人がいるのだと思います。
人生二度なしと考えると一道に徹して生きるのはかっこいいです。
関連コンテンツ
この世の愉快を過ごす 人間は、この世の中を愉快に過ごそうと思うなら、なるべく人に喜ばれるように、さらには人を喜ばすように努力することです。つまり自分の欲を多少切り縮めて、少しでも人のためになるように努…
ヒントは書物の中に 諸君が将来何らかの事に当たって、必要が生じた場合、少なくともそれを処理する立場は、自分がかつて読んだ書物の中に、その示唆の求められる場合が少なくないでしょう。つまりかつての日、内心…
単に教科の内容を教えるだけでも、実に容易ならざる準備と研究とを要するわけですが、さらに眼を転じて、教育の眼目である相手の魂に火をつけて、その全人格を導くということになれば、私達は教師の道が、実に果てし…
生き甲斐、生まれ甲斐 われわれ人間にとって、人生の根本目標は、結局は人として生をこの世にうけたことの真の意義を自覚して、これを実現する以外にない。そしてお互いに、真に生き甲斐があり生まれ甲斐がある日を…
私欲の一関を越える 私意私欲の一関を突破するということは、口で言えばただそれだけのことですが、しかしいざわが身のこととなると、決して容易なことではありません、しかし人間も、一たび私欲の一関を越えますと…