人のねうち|12月22日のことです。
Release: 2018/12/22 Update: 2018/12/22
人のねうち
たとえ、その体にボロをまとっていようと、その足ははだしであろうと、あなたのねうちは豪毛の高下もない。
真の貴きは肉体ではない。肉体をしてかくあらしめる心である。生命である。
哲人ソクラテスは弊衣跣則足(へいいせんそく)、ちまたに彷徨(ほうこう)して道を説くこと二十年、山上に河岸に、風のごとくさまよい、福音を罪人に伝えたキリスト、雪山にまた菩提樹下に端坐禅定のシャカ。
いずれも暖衣飽食、金殿に住み、綾羅(りょうら)をまとったとも思われぬ。人のすべては、かかってその生命にある。
12月22日、丸山敏雄一日一話幸せになるための366話、今日の言葉です。
ソクラテスやキリストやシャカ。
偉大な人物がと思います。
一人の人間がこのように生きたというのは事実ですね。
人間のねうちが物にないというのはその通りだと思います。
人を物や見た目で判断してはいけませんね。
行動や言動をよく観察してみることも大切かもしれませんね。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
関連コンテンツ
書は心画 書は心画です。心の絵であり、心操の投影です。書道は、書を上手に書くようになろうというのでなくして、書という形象を一つの容器として、その書を紙の上に書いて、そこにあらわれている我が心を直してい…
時代はどんどん便利になりますね。 いつでも、どこでも投稿できるのは便利です。 気づくと同時に行えますね〜〜。…
今日は最良の一日 今日はまたとめぐって来ない。 昨日は過ぎ去った今日であり、明日は近づく今日である。 今日の外に人生はない。人の一生は、今日の連続である。 昨日を悔い、明日を憂える人がある。これは、今…
信じれば成る 憂えるのは疑うからである。あぶないから憂えるのではない。憂えるから失敗する。 病気は恐れ憂えるから長びく、重くなる。事業は憂えるから崩れる。農業のような自然力によった仕事でも憂えるから実…
健康の朝光(あさかげ) 真に正しい事とは、まず己が救われ、それと一緒に人がすくわれることでなくてはならぬ。 明朗こそ、まず己が救われるともしびであり、己のかかげたこの燈火で、人もまた救われる。そして世…