仕事は自己向上の場|2月8日のことです
Release: 2018/02/08 Update: 2019/01/12
わが命はどこにあるのか、わからぬ。が、もの思えばそこに生命があり、体を動かせばそこに生命が動く。
酒色におぼれてうつつをぬかせば、己はすでにそうした生命であり、ハンマーをとりクワをふるって職場に立てば、そこに生命がふるい立つ。
空白自在のいのちは、どこにもってゆくも自由である。
いやしくも自分向上を願うならば、どこに自分を置こうとするのか、仕事にほかになかろう。
丸山敏雄一日一話(幸せになるための366話)2月8日のことです。
もし、仕事がないとなったらどうなるんでしょうか。
考えてみると、すべては仕事からなりたっているかもしれません。
仕事のない人生を考えてみると空白しかないですね。
良く仕事ばっかりして趣味がないとかいうことがありますが、ずっと仕事をしていければそれでいいんじゃないかとも思います。
自分自身の向上を願わない人はあんまりいないと思います。
そうなると仕事を一生懸命するしかありませんね。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
関連コンテンツ
道義の枢軸は家庭 道義の出発は個に立つが、その「場」は家庭である。上に向かっての「敬」の徳は、子が親を敬するに始まり、下に向かっての「慈」は、親が子にそそぐ情から始まる。そして限りなく上に、または下に…
成長の原理 成長とは、二者の対立が一つに統一されることによって、新しいものが生まれてくるのです。新しいものと申しましても、その本質は厳然として不変でありながら、そこに他のものを採り入れるのです。 家の…
悪習がなおった 老父が、飲酒の悪習があって困る。年は七十に近い。子夫婦も孫たちも飲酒を止めさせようとする。しかし祖父のくせは衰えるふうがない。 或る時、決心した。「老父に今さらこの風習を変えさせようと…
2月24日の丸山敏雄一日一話(幸せになるための366話) 歌に生きる心を分解してみると、まず見ることから始まる(聞くことも同様)。 対象をじっと見るのである。そのままに、感情をまじえず、あるがままに、…
仕事にかかる時は、帯を締め直さねばならぬ。太古の人たちは、野山で切り取ったかずらを腰に結び、平安朝時代のみやびおは石で飾りをつけた帯を束帯の上にしめた。 帯が地肌にしめられたものが「ふんどし」である。…