仕事は自己向上の場|2月8日のことです
Release: 2018/02/08 Update: 2019/01/12
わが命はどこにあるのか、わからぬ。が、もの思えばそこに生命があり、体を動かせばそこに生命が動く。
酒色におぼれてうつつをぬかせば、己はすでにそうした生命であり、ハンマーをとりクワをふるって職場に立てば、そこに生命がふるい立つ。
空白自在のいのちは、どこにもってゆくも自由である。
いやしくも自分向上を願うならば、どこに自分を置こうとするのか、仕事にほかになかろう。
丸山敏雄一日一話(幸せになるための366話)2月8日のことです。
もし、仕事がないとなったらどうなるんでしょうか。
考えてみると、すべては仕事からなりたっているかもしれません。
仕事のない人生を考えてみると空白しかないですね。
良く仕事ばっかりして趣味がないとかいうことがありますが、ずっと仕事をしていければそれでいいんじゃないかとも思います。
自分自身の向上を願わない人はあんまりいないと思います。
そうなると仕事を一生懸命するしかありませんね。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
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