優れた師①叱らずして悦服(えっぷく)させる
Release: 2022/09/03 Update: 2022/09/03
優れた師①叱らずして悦服(えっぷく)させる
本当に偉い方というものは、そうみだりに声を荒げたて、生徒や門弟を叱られるものではないのです。第一にその必要がなかろうと思うのです。
大声で生徒を叱らねばならぬということは、それ自身、その人の貫禄の足りない何よりの証拠です。つまりその先生が、真に偉大な人格であったならば、何ら叱らずとも門弟たちは心から悦服するはずであります。【139】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
偉大な人格に俺はなる。海賊王に俺はなる。発明王に俺はなる。
なんでも俺はなるという気持ちも大事なような気がします。
わかりやすくわかりにくい偉大な人格。
教授のいう偉大な人格とは自己反省が出来る人ということでしょうか。
自分のいたらなさを感じなければ、到底良い人格にならないような気がします。
気づくとはそういう部分のことのような気がします。
吉田松陰先生のやさしさを感じずにはいられませんね。
自分はどこかそういう面がまだまだ足りていない気がしますs。
関連コンテンツ
「死」の徹見即「生」の充実。 「死」の絶望にボールを投げつけ、そのはねかえる力を根源的エネルギーとし、日々を真剣に生き抜くべし。 この言葉は、「人生二度なし」の内容をより具体的に象徴的に説かれたもので…
機械文明は止まるところを知らず、進歩し発達して、今やわれわれ人間は、しだいに機械によって圧迫せられ、さらに支配せられるようになってきました。このような事態を「人間疎外」という言葉で呼んでいますが、これ…
いかに深く生きるか 人生というものは限りあるものであり、しかもそれは、二度と繰り返すことのできないものです。してみると、そこに許された人生の真の生き方というものは、この限られた年限を、いかに深く生きる…
偉大なる実践家は大なる読書家 そもそもわれわれは、真の確信なくしては、現実の処断を明確に断行することはできないのです。ところが真に明確な断案というものは、どうしても道理にすることによって、初めて得られ…
負けじ魂を燃やせ 実際修養ということさえ、ある意味では負けじ魂がなければ、なかなかできるものではありません。その点からは、偉人とは道を履み行う上で、何人にも負けをとるまいと、生涯覚悟して生き貫いた人と…