八のことに十の力で当たる
Release: 2022/08/26 Update: 2022/08/26
八のことに十の力で当たる
かくして真面目ということは、いわゆる無力な人間のお目出たさではなくて、最も男性的本格的な全力生活だということが分かりましょう。したがってこれを実行上の工夫から申せば、八つのことをするにも、常に十の力をもってこれに当たるということです。、また、十のことをやらねばならぬ場合には、まさに十二の力をもってこれに当たるということです。【473】
正直こういう人物はかっこいいというのが率直な感想ですね。
八を十の力で当たる。
そう考えると自分はどうやって普段、事に当たっているのでしょうかね。
まったくもってやれていない気がします。
真の面目は実にそういうことですね。
しかもそこには積小為大も必要ですね~。
大事をなさんと欲せば、小さなる事を、怠らず勤むべし。小積もりて大となればなり。
なるほど。
とにかく体だけでもそうします。
関連コンテンツ
階段の昇り降りなども、なるべく音を立てないように―という心づかいが大切です。音を立てないためには、どうしても爪先を多く使わねばなりません。ところが、爪先を多く使うという事は、常に心の引き締まっている…
ペスタロッチーの言葉 「苦しみに遭って自暴自棄に陥るとき、人間は必ず内面的に堕落する。・・・同時に、その苦しみに堪えて、これを打ち越えたとき、その苦しみは必ずその人を大成せしめる」【231】 #修身教…
人は一時期下積みになっても、それは将来の土台づくりであり、一時の左遷や冷遇は、次の飛躍への準備期間であり、忍耐力・持久力の涵養期として隠忍自重して、自らの与えられたポストにおいて、全力発揮を怠らなかっ…
限りなく求めよ 真の修養とは、つねに限りなく求めることの外ないのです。すなわち自己に与えられた生命の限りを、どこまでも生かそうとすることです。【426】 #修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #…
老木の味わい 私は老木を見ることが好きであります。鬱然たる老木の姿に接する毎に私は、そこに完成せられた人間の内面的な消息を、まざまざと形の上に見る思いがするわけです。同時にまた、自分も年老…