半杓の水で|4月16日のことです。
Release: 2018/04/16 Update: 2018/04/16
半杓の水で
心すべきは水を粗末にせぬということです。
ある高僧は、ひしゃくに河水をくみ、半杓をもって朝の洗面をすまし、残りの半杓は、ていねいに川にもどしたと申します。
今、福井県永平寺に参拝致しますと、電車をすててしばらく上った谷川に、「半杓橋」という橋がかかっています。これがその聖なる遺跡だと聞きます。
丸山敏雄一日一話幸せになるための366話、4月16日のことです。
水は神聖なものという考えは大昔からあります。
それはきっと人間は水が無ければ生きてはいけないからでしょうね。
大切な自然の恵みだということをすぐに忘れてしまいます。
そして、半分くらいの気持ちで余裕をもつことも時として必要かもしれません。
行動いついても余裕を持つことが必要ですね。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
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