我が師を尊ぶ|10月22日のことです。
Release: 2018/10/24 Update: 2018/10/24
我が師を尊ぶ
いやしくも人の師と選ばれた人々は、一芸一能において、また学識経験において、その弟子を教導するに、すぐれた境地と信念をもっていない者は無い。
或いは一世に抜きん出て衆望をおおい、或いは巷にかくれ野にのがれて己を韜晦している一世の達人・達識であることもあろうと、我が師事する師を、どんなに尊んでもまだまだ及ばぬと、まことをかたむける。これを学道という。
10月22日、丸山敏雄一日一話幸せになるための366話、今日の言葉です。
和が師と呼べるような人に出あうことがあればそれはそれで幸せかもしれませんね。
尊敬できる人がいることは実際ありがたいことです。
小さい世界ではいけませんね。
外にたくさん出てたくさんの人と出会うことが大事です。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
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