涙の調教を経た愛|9月29日のことです
Release: 2019/09/29 Update: 2020/01/11
涙の調教を経た愛
涙の調教を経ない、いわゆる愛は、山から捕えてきたばかりのサルのように、どこにかみつくかわからない。
愛は、人間のものにならなければならぬ。
愛が人間のものとなってくると、まずにじみ出るのは憐憫(れんびん)の情である。
人間の心はここに動物からはっきりと距離を引きはなしてくる。
同情は、人間普遍の愛である。これが高められて、友愛となり、師弟の愛となり、主従の愛となり、ついに浄められて、親子絶対の愛となる。
9月29日、丸山敏雄一日一話幸せになるための366話、今日の言葉です。
同情という気持ちは重要な気持ちということですね。
同情するなら…という言葉からあまり同情という気持ちはよくない気持ちに感じてしまいますが実際は大事な気持ちです。
それが愛の始まりなんですね。
思いやりの気持ちも同情かもしれません。
大事にしなければなりません。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
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