生命力を信じる|9月16日のことです
Release: 2019/09/16 Update: 2019/09/16
生命力を信じる
病気というものは、その人以外に、何人もそれをよくしてやれるものではない。己の、生命力が、盛んになる生きる力が、自分で、よくなるのである。
自分を信ぜず、偉大なる大生命を信ぜず知らず、まして、この生命力は天地自然の大生命力の発現にほかならぬことを知るから、びくびくするのである。
生命力は、生きよう、生きようとして、止まぬものである。
この生命力に、全ぷくの信頼をかけて、泰然自若として、病を養っておれば、いかなる病も、必ずよくなるのである。
9月16日、丸山敏雄一日一話幸せになるための366話、今日の言葉です。
自分の生命力を信じていく。
生きればいずれ死ぬこともまたたしかなことです。
生かされる時には生かされる。
大自然の一部という意識をもてばそうなりますね。
まだ、大きな病気はしていませんがそうなった時にはしっかりしたいと思います。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
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