眸子より良きはなし|5月5日のことです。
Release: 2018/05/05 Update: 2018/05/05
眸子より良きはなし
人に存する者は眸子より良きはなし。(中略)其の言を聴きて其の眸子を観れば、人の焉んぞ廋さんや。(離婁上第十五)
ひとにそんするものはぼうしよりよきはなし。(ちゅうりゃく)そのげんをききてそのぼうしをみれば、ひといずんぞかくさんや。(りろうかみだいじゅうご)
【訳】
人に備わっているもので、瞳にまさるものはない。(中略)相手の言葉をよく聞いて、その人の瞳をよく見れば、(心はよく分かるもので)その人が隠そうとしても、どうして心を隠すことができようか。できはしない。
孟子一日一言、5月5日の今日の言葉です。
相手の目を見て話しをする。小さいときには良く言われた言葉です。
そういう言葉もきっと大昔から言われている言葉なんでしょうね。
嘘、偽りの心は瞳に現れる。
そんなことのないような生活を送りたいものです。
今日の一日がんばります。
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