自分の「顔」を仕上げる
Release: 2022/10/11 Update: 2022/10/11
自分の「顔」を仕上げる
われわれの一生は、ある意味からは、自分という一人の人間の、いわば面作りのようなもので、われわれは一生かかって、この自分の「顔」という唯一つの面を、仕上げるようなものとも言えましょう。【146】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
血と育ちに根差す人間のあくがたっぷり沁みついています。
まず簡単ではありません。
成長の過程のわずかな期間で沁みついてしまうものがあるんでしょうね。
言葉や行動、考え方など小学校へ上がるまでに形成されるものを生涯背負っていくのです。
この生まれることや育つ環境は自分で選択できるものではありませんからね。
一生を自分一人のためのものと考えると愚痴も出そうですが、次の世代のことを考えるとき、どこからでも多少なりとも変えることによって一族の血も変わっていくようにも感じます。
とにかく日々の行動で継続できることを増やすしかありません。
関連コンテンツ
すべて一芸一能に身を入れるものは、その道に浸り切らねばならぬ。躰中の全細胞が、画なら画、短歌なら短歌にむかって、同一方向に整列するほどでいなければなるまい。つまりわが躰の一切が画に融け込み、歌と一体に…
読書についての要諦は、感動にあたいする書物を、全生命力を集中して一気呵成的に読みぬくことではないかと思う。そしてそれには、それだけわが心を惹き、わが心を吸引する力を持った書物でなくてはできがたい。とな…
下坐行① われわれ人間も、どうしても真実を積まねばならぬわけですが、しかし事を積むには、まずどの土台からして築いてかからねばなりません。では人間を鍛えていく土台は、一体どういうものかというに、私はそれ…
一筋の道 自己の一切を捧げ、己れを尽くし切るところ、そこにおのずから一筋の道が開かれてくるわけです。【253】 #修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新 …
人間の有限性 人間は生まれると同時に、自覚の始まるわけではない。それどころか、人間が真の自覚を発するのは、人生の三分の一どころか二分の一辺まで生きないと、できないことのようです。そしてここに、人間の根…