苦労の用①
Release: 2022/04/24 Update: 2022/04/24
苦労の用①
同一のものでも、苦労して得たのでないと、その物の真の値打は分からない。【134】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
そういうことは一応は肌感じてもいるわけですが、やはりどこかでそういうことをすっ飛ばしてしまう自分というものがいるのでしょうね。
とくに金銭などは苦労して得たものと、そうでない場合というのがあると思います。
たまたまなどは特にギャンブル的なものには多いのかもしれませんがどうでしょう。
一応、お金の価値というものは変わりませんが重みが違うとうことはあると思います。
先生風にいうと深さともいうかもしれませんね。
北の国からで五郎さんが純君に渡す1万円などは同じ一万円でも価値や重さはまったく違うものと感じます。
となると人生というものや命というものもそういう部分があるのだろうと感じます。
一心に貫くものがあった方がいいと感じます。
関連コンテンツ
愛するということは、元来「相手のために自己を捧げる」という意味がこもっているのです。いかに辛いことでも相手のためにそれを我慢し、さらには耐え忍ぶという所がなくては、真に愛してているとは言えないわけです…
われわれ人間は、いやしくも「生」この世にうけた以上は、それぞれの分に応じて一つの「心願」を抱き、それを最後のひと呼吸まで貫かねばならぬ。 森信三先生は、よく「内に心願を秘めて」とおっしゃいました。そし…
人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。しかも一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に― この言葉は、森先生の語録のうちでも比較的に人口に膾炙され、数多く引用されるコトバです。というには、もっと早い時期にこ…
昔の婦人は、「寝顔は夫に見せぬ」ということが、妻としての大切なたしなみの一つであったといわれていますが、現在こうしたたしなみを失わない女人が、果たしてどの程度にあると言えるでしょうか。なるほどどの家…
真の教育 真の教育は、 相手をして生々発展させるものでなければならぬ。 教育によって萎縮するようではいけない。 学校は色々の角度から ー諸教科目を通してー 根本を一事を学ぶ処である。 そしてそれは結局…