賢者|1月6日のことです。
Release: 2019/01/06 Update: 2019/01/06
賢者
賢者にして而る後に此れを楽しむ。不賢者は此れありと雖も楽しまざるなり(梁恵王上二章)
けんじゃにしてしかるのちにこれをたのしむ。ふけんじゃはこれありといえどもたのしまざるなり。(りょうのけいおうかみだいにしょう)
【訳】
(民を思う)真の賢者であってこそ、(庭園内に飼われている鳥や動物などを)楽しむことができる。真の賢者でない者は、それらを心から楽しむことはできない。
〇松陰は、「文王は鳥や動物を楽しんでいるのではなく、民が楽しむのを楽しんでいる。これが、君臣上下が互いにその楽しむ、つまり、『偕(とも)に楽しむ』ということである」と記している。
1月6日、孟子一日一言の言葉です。
大きな心で大きな目で世の中を見ているのが賢者なのでしょうね。
やさしい眼差しを感じますね。
今の世の中は平均寿命が延びいろんなことに気づくのが遅くなっているような気がします。
吉田松陰で29歳、坂本龍馬で31歳、西郷さんで46歳。
どれだけ早くにいろいろなことに気づいたのでしょうね。
今ごろ論語や孟子に気づいているのは遅いですが気づかぬよりましかもしれませんね。
今日も一日がんばります。
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