見行可・際可・公養の仕|7月19日のことです。
Release: 2018/07/19 Update: 2018/07/19
見行可・際可・公養の仕
孔子には見行可の仕あり、際可の仕あり、公養の仕あり。(万章下四章)
こうしにはけんこうかのつかえあり、さいかのつかえあり、こうようのつかえあり。(ばんしょうしもよんしょう)
【訳】
孔子の仕え方には、道が行なわれる可能性があるとして仕える仕え方と、君主から待遇が礼にかなっているから仕える仕え方と、君主がよく賢者に礼を尽すので仕えるという、三通りの仕え方がある。
7月19日、孟子一日一言です。
孔子様は魯の国を追われてから十四年放浪の旅をしますがその間どの国でも仕官は叶えられなかったとあります。
孔子様の掲げる理想の国家は簡単ではないということですね。
いつ他の国が責めてくるかわからない状態の中で生活していると心も疲弊していくんだと思います。
しかし、この時孔子様を受け入れることが出来る国があればまた世の中変わっていたかもしれないけれども、論語が生まれなかったかもと考えると歴史の必然のようなものも感じます。
今日の一日がんばります。
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