唯一不抜の存在|1月9日のことです。
Release: 2018/01/09 Update: 2019/01/12
まことに、人の優越があるのではない、上下尊卑があるのではない。またその能力にも、技芸にも、甲乙があり品評されるようなものではない。
人がその正常心にあって、その全に生き、その満に働くとき、その人は常にある唯一不抜の存在である。
己の真に生きるとき、捨つべき一人もなく、絶対存在でない一人もないのである。
「己を尊ぶ」とは、この自覚に到達したものである。かかる絶対存在であると知るとき、世の荘厳、人の美、ここに極まる。
丸山敏雄一日一話 幸せになるための366話
1月9日の言葉です。
唯一不抜(ゆういつふばつ)
自分とういう存在は他にないということですね。
自分を愛するということは大切なことです。
渡辺和子さんの言葉の中にも自分が宝石だという言葉があります。
磨けば光りますね~。
今日もがんばりましょう。
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