病気は心の浄化作用|1月10日のことです。
Release: 2018/01/10 Update: 2019/01/12
人体は、宇宙の運行と共に生き、天地の生成と共に同じ力で息づいている。
肉体は、自分で治る力を持っている。医薬も、その他一切の治病の方法も、だた自然に治る力を旺盛にする方法であるにすぎない。
それをじゃまするのが、憂え心である。これを台なしにするのが、恐れ心である。病人が、心配事を耳にすると、わるくなる。何かうれしい事があると、軽くなる。
病気は心の浄化作用である。朗らかな心で病気を迎えたら、病気はふっとんでしまうのである。
丸山敏雄一日一話の1月10日の言葉です。
たしかにこういうことは多々ありますね。
自分で自己暗示ではないですが、私以外と丈夫です。
なんてことを口にしていると体は丈夫になるものです。
昔に比べて病気にならなくなっているように思います。
それはやはり心の問題かもしれませんね。
休んでる場合じゃないと常に思っていますから。
今日一日朗らかに安らかに進んで働きます。
関連コンテンツ
病と心 曇天(どんてん)には頭が思い、雨天には神経痛がいたみ、リュウマチがうずくという人が多いが、どこでも天気模様がその原因であるのではなくて、曇をきらい、雨をいやがる心がその原因である。 およそ病気…
命をかけて働く これまでは、つまらぬらく隅に頭を突っ込んで迷っていた、職場が小さい、俸給が少ないと。朝の出勤がいやであり、生活に気がぬけ、肉体に筋がなくなった。 気がついてみると、今、私の全生命は、こ…
「大我」と「小我」 人には互いに助け互いに思う、二つの我がある。 「大なる我」は常に、国家にあり、民族にあり、世界にあり、文化にある。 「小なる我」は、おのおのその職場にあり、その仕事をはたらき、日々…
「すなお」とは、張りきって、その時・その場所に一ぱい(全)に充ちていること、楽しく朗らかに力一ぱい働いていることである。だから「スナオ」の元は、はり(緊張)である。春は、張るで、冬の寒さのちぢみ細った…
耳という心の関門 聞えぬことを無理に聞こうとして、聞き耳を立てたり、また聞いても聞かぬふりをしたり、耳をとおしてわが心を偽ることは皆、耳の機能をにぶらせ、耳を聞えなくすることである。 「風疎竹に来る …