為すある者は辟へば井を掘るが若し|11月4日のことです。
Release: 2018/11/05 Update: 2018/11/05
為すある者は辟へば井を掘るが若し
為すある者は辟へば井を掘るが若し。井を掘ること九軔にして而も泉に及ばざれば、猶ほ井を棄つると為すなり。(尽心上二十九章)
なすあるものはたとえばいどをほるがごとし、いどをほることきゅうじんにしてしかもせんいおよばざれば、なおいどをすつるとなすなり。(じんしんかみにじゅうきゅうしょう)
【訳】
何事かをなそうとする者は、絶対に途中でやめてしまってはいけない。例えていえば、井戸を掘るようなものである。九軔の深さまで(深く)堀ったとしても、水源まで到達しないで途中でやめてしまったら、その井戸をすててしまったことと同じである。
11月4日、孟子一日一言の言葉です。
あきらめてはいけない。
確かにそう思います。
あと一歩の力はどこから養われるのでしょうか。
必要な心の鍛錬は日々少しづつしか養われない気がします。
今日も一日がんばります。
関連コンテンツ
天の将に大任を① 舜の畎畝の中より発り、傅説は版築の間より挙げられ、膠鬲は魚塩の中より挙げられ、管夷吾は士より挙げられ、孫叔敖は海より挙げられ、百里奚は市より挙げられる。(告子下十五章) しゅんはけん…
窮すれば則ち独り其の身を善くし、達すれば則ち兼て天下を善くす 徳を尊び義を楽しめば、則ち囂々たるべし。故に士は窮するも義を失はず、達するも道を離れず。(中略)故に士は己れを得。(中略)故に民望みを失は…
考の道 どんな境遇の人でも親によって成長しないものはない。にもかかわらず、最も低いレベルにあるのもまた、親に対する考のみちであろう。 或る者は大変親に世話になっていると考え、他の者は親はカタキでこそあ…
涵育薫陶 養とは涵育薫陶して其の自ら化するを俟つを謂ふなり。(離婁下七章) ようとはかんいくくんとうしてそのみずからかするをまつをいうなり。(りろうしもななしょう) 【訳】 養うとは、仁の徳でうるおし…
過小・大 凱風は親の過小なるものなり。小弁は親の過大なるものなり。(告子第三章) がいふうはおやのあやまちしょうなるものなり。しょうばんはおやのあやまちだいなるものなり。(こくししもさんしょう) 【訳…