為すあらんとする者は|1月10日のことです。
Release: 2019/01/12 Update: 2019/01/12
為すあらんとする者は
顔淵曰く、「舜何人ぞや、予れ何人ぞや」と。為すあらんとする者は亦是くの若し。(滕文公上首章)
がんえんいわく、「しゅんなんびとぞや、われなんびとぞや」と。なすあらんとするものはまたかくのごとし。(とうぶんこうかみしゅしょう)
【訳】
(孔子の弟子)顔淵は、「舜はいかなる人間であろうか。私はいかなる人物であろうか(同じ人間である。それならば、努力さえすれば舜のようになれない道理はない)」といったという。何事か成し遂げようとする人物は、誰でもこうであるべきである。
1月10日、孟子一日一言の言葉です。
こういう思いをもたなければいけませんね。
目標にしたい自分を持つことはとても大事です。
ああなりたいと強く思うことをしなければなれるものではありません。
やり直しはきかない。
どう強く思うかということでしょうね。
日々に追われてはいけませんね。
今日も一日がんばります。
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