天を怨みず|3月6日のことです。
Release: 2019/03/06 Update: 2019/03/06
天を怨みず
君子は天を怨みず、人を尤めず。(公孫丑下十三章)
【訳】
心ある立派な人は、どんなことがあろうとも、天を怨んだり、人をとがめたりはしない。
〇松陰は「心ある立派な人の心は、二つの面がある。その一つが、自分自身に対処する心である。いかに困難な状況にあろうとも、のどかな態度で対処し、少しも天を怨み他者をとがめるところはない。他方は、世を憂える心である。天下を見ることわが家のごとく、万民を見ることわが子のごとく親切親身である。世が乱れ民が苦しむと、食も喉を通らず、安眠もできぬようになる」と記している。
孟子一日一言、3月6日、今日の言葉です。
どんな状況になっても受け入れる。
すべては自分におこる結果というのは変わることはありませんね。
どうしても何かのせい、人のせいにしがちです。
それも人としての本性なのでしょうが肯定的に考え方を変化させなければなりませんね。
今日も一日がんばります。
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