天命を受け入れる①
Release: 2022/04/04 Update: 2022/04/04
天命を受け入れる①
私の考えによりますと、われわれ人間というものは、すべて自分に対して必然的に与えられた事柄については、そこに好悪の感情を交えないで、素直にこれを受け入れるところに、心の根本態度が確立すると思うのであります。否、われわれは、かく自己に対して必然的に与えられた事柄については、ひとり好悪の感情をもって対しないのみか、さらに一歩すすめて、これを「天命」として謹んでお受けするということが大切だと思うのです。同時に、かくして初めてわれわれは、真に絶対的態度に立つ頃ができると思うのです。【12】
起こるべきして起こる事情というものがある。これを天命というのでしょうか。
誰かと会うなどは実に偶然で縁というものを感じるわけですが、新しい世界で新しい人間関係を築こうとするというのもまたそいういうものなのかもしれません。
自分の今の事情についてはやはり素直に受け入れていく他ないのだと思います。
それについて心の態度というかどう受け取るかはしっかり自分でどうにかした方がいいと思います。
また、新たなことが始まっていくと思います。
時としてうまくいかないとかあるとは思いますが素直に受け入れていこうと思いました。
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