天命を受け入れる②
Release: 2022/04/04 Update: 2022/04/04
天命を受け入れる②
われわれも、ここにこうして一年間を共に学ぶことになったことは、天の命として謹んでこれをお受けし、ひとり好悪を言わないのみか、これこそ真に自己を生かすゆえんとして、その最善を尽くすべきだと思うのであります。【13】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
最善を尽くすというグリット力というものが足りないと自分自身では感じています。
あと一歩が足りない。
まず、反省点としてはかかるのに時間がかかるということがあります。
時としてはすべてを遮断して行わないといけません。
これについては気持ちの問題であって、実際いつでも可能なことをやっていないと感じるわけです。
なるほど、自分の反省を言い訳がましく自己弁護するようなことは筆が進む自分というものも感じるわけです。
読書が足りないのかもしれません。
やはり人間は健康が大事だということで筋肉のことばかり読んでしまってはいけません。
松陰先生や尊徳翁を読まないといけません。
関連コンテンツ
松陰先生は、人間にして、爵の尊さを知って徳の尊さを知らないものは、その愚かなこと言うまでもないが、しかし徳の尊さを知って齢の尊ぶべきを知らないものは、未だ真の人物とは言いがたいとうことを、その「講孟…
寡兵をもって大敵に向かう 仕事の処理ということは、いわば寡兵をもって大敵に向かうようなものであって、一心を集中して、もって中央突破を試みるにもひとしいのです。同時にまた広くは人生の秘訣も、結局はこれ以…
思いやりの心 思いやりの心というものは、人間の本性として、元来何人にも具っているはずですが、しかしそれをおおうているものがありますから、努力してそれを取り除かなければならぬのです。【230…
生命の奇跡 そもそも私達が、ここに人間として、この世に生命をうけることができたということは、決して私達の努力や計らいによるものではないわけです。すなわち私達は、自分の努力の報いとして、ここに万物の霊長…
私の楽しみ 私の楽しみは諸君らがほんとうに生命がけになったら、一生かかってどれくらいの人間になれるかということです。つまり人間、大学や専門学校など出なくても、その人の覚悟と勉強しだいでは、どれほどの人…