天命を受け入れる①
Release: 2022/04/04 Update: 2022/04/04
天命を受け入れる①
私の考えによりますと、われわれ人間というものは、すべて自分に対して必然的に与えられた事柄については、そこに好悪の感情を交えないで、素直にこれを受け入れるところに、心の根本態度が確立すると思うのであります。否、われわれは、かく自己に対して必然的に与えられた事柄については、ひとり好悪の感情をもって対しないのみか、さらに一歩すすめて、これを「天命」として謹んでお受けするということが大切だと思うのです。同時に、かくして初めてわれわれは、真に絶対的態度に立つ頃ができると思うのです。【12】
起こるべきして起こる事情というものがある。これを天命というのでしょうか。
誰かと会うなどは実に偶然で縁というものを感じるわけですが、新しい世界で新しい人間関係を築こうとするというのもまたそいういうものなのかもしれません。
自分の今の事情についてはやはり素直に受け入れていく他ないのだと思います。
それについて心の態度というかどう受け取るかはしっかり自分でどうにかした方がいいと思います。
また、新たなことが始まっていくと思います。
時としてうまくいかないとかあるとは思いますが素直に受け入れていこうと思いました。
関連コンテンツ
感激の永続は難しい 諸君らも、かような(感動的な話を聞かされた場合にはそれに感動もし、またその場では一応決心もされるでしょう。しかしいったんその場を去れば、多くはたちまち忘れてしまって、その感激は永続…
本を読む 本を読む場合、分からぬところはそれにこだわらずに読んでいくことです。そうしたところどころピカリピカリと光るところに出合ったら、何か印を付けておくのもよいでしょう。そして一回読み終えたら、少な…
常に前途に思いを巡らす 人間というものは、ただ将来のことばかり考えて、そのために現在の事をおろそかにすることのよくないことは、申すまでもありませんが、同時に他の一面には、常に前途に対して、思いを巡らし…
「整頓」ということは、ある意味では主婦としての最大の徳といえるかも知れません。実際整頓の不得意なひとを貰ったご主人は、生涯うだつが上がらんとも言えましょう。 それと申すのも、その家の家風というも…
世間では、哲学者というものは、冷静でなくてはならぬと言われていますが、そしてそれにも一面の道理がないわけではありませんが、しかしこの言葉をもって、哲学者とは何ら情熱も感動もないもののように考えたら、…