自分の利害、他人の利害
Release: 2022/08/25 Update: 2022/08/25
自分の利害、他人の利害
ところで「我」に引っ掛かっているとは、言い換えれば、常に自分の利害を中心にして、人のために尽くすということの分からない人間ということでしょう。つまり自分の利害はよく分かるが、他人の利害については、とんと気がつかぬというわけです。【461】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
人の一倍半は働き給料は二割減にする。
これが出来る人はやはり責任のある役につくでしょうね。
常に迷い葛藤があるのはとても良いことだと思います。
そうしないと考えないですから。
我というものは恐ろしいとも思います。
無くなるということもないわけです。
我をなくして人のために生きようというのも我と言えば我です。
そんなことを時として考える時間があるのと無いのとでは大きく違うとは思います。
関連コンテンツ
私たちは常に神の目から見たら、自分は何点くらいの人間かということを忘れぬようにしたいものであります。同様にまた神の目からごらんになられたら、何点くらいの親かということを常に忘れんことが大切だと思います…
師を持つ われわれ人間が、この二度とない人生を真実に生きようとしたら、なぜ「師」を持たねばならぬのか。それは、われわれ人間は「真理」というものを、単に書物の上で読むだけでは、観念的にしか捉えることが出…
一日不読 一日不喰 書物は人間の心の養分。読書の一面からは、心の奧の院であると共に、また実践へのスタートラインでもある。 森先生のモットーとされたところは「行余学文」です。これは論語の学而篇にある「行…
元来この言葉は、ライプニッツという哲学者のとなえた説であって、つまり神はこの世界を最善につくり給うたということです。 したがってこの世における色々のよからぬこと、また思わしからざることも、畢竟するに…
松陰先生は、人間にして、爵の尊さを知って徳の尊さを知らないものは、その愚かなこと言うまでもないが、しかし徳の尊さを知って齢の尊ぶべきを知らないものは、未だ真の人物とは言いがたいとうことを、その「講孟…