仁・義|7月31日のことです。
Release: 2018/07/31 Update: 2018/07/31
仁・義
仁は内なり、外に非ざるなり。義は外なり、内に非ざるなり。(告子上四章)
じんはうちなり、そとにあらざるなり。ぎはそとなり、うちにあらざるなり。(こくしかみよんしょう)
【訳】
(告子が言った)「仁は人間の心の中に内在するもので、決して外から押しつけられたものではない。義は物事を判断して適宣対処していくものだから、自分以外の外的条件によるもので、決して心の中に内在するものではない」と。
〇松陰は、「仁と義は同じく心の中から生ずるもので、対象によって、名前がちがうだけである。つまり、父子の間では仁といい、君臣の間では義という、いずれも、同じ一つの心からでたものである」と記している。
7月31日、孟子一日一言の言葉です。
仁も義も愛も人間としてとても大事なものであることは間違いないですね。
思いやりだったり正しき道であったり好きとか嫌いを通りこした愛だったり。
すべては心という松陰先生の言葉はその通りだと思います。
人それぞれに同じものを見ていても感じ方も違うし、それが当たり前のことで他人に強要することでもありませんね。
自分の考えを上手に表現できるようにはなりたいですね。
今日も一日がんばります。
関連コンテンツ
華周・妃梁の妻ー国俗を変ず 昔者王豹、淇に処りて河西善く謳ひ、緜駒、高唐に処りて齊右善く歌ふ。華周・妃梁の妻は善く其の夫を哭して国俗を変ず。これを内に有すれば必ずこれを外に形す。其の事を為して其の功な…
吾が敬を行ふ 吾が敬を行ふ、故に之を内と謂ふなり。(告子上五章) 【訳】 (孟子の門人の公都子がいった)「自分の心の内にある敬意を実行するのが義である。だから、義は当然心の内にある」と。 〇松陰は、「…
仁は天の尊爵なり 夫れ仁は天の尊爵なり。人は安宅なり。之れを禦むることなくして不仁なるは、是れ不智なり。(公孫丑上七章) それじんはてんのそんしゃくなり。ひとのあんたくなり。これをとどむることなくして…
賢者 賢者にして而る後に此れを楽しむ。不賢者は此れありと雖も楽しまざるなり(梁恵王上二章) けんじゃにしてしかるのちにこれをたのしむ。ふけんじゃはこれありといえどもたのしまざるなり。(りょうのけいおう…
自ら之れを取る 自ら之れを取るなり。(離婁上八章) みずからこれをとるなり。(りろうかみはっしょう) 【訳】 (全ての善意は)自分が招いたものである。 4月28日、今日の孟子一日一言です。 すべてのこ…