悪口|3月25日のことです。
Release: 2018/03/25 Update: 2018/03/25
いつも私の悪口をいう人がある。一度聞きたいろ思うが、真実はわからぬ。
まってくれよ、それがもし、事実とすれば、その人の方が正しい。もしまた事実でない悪宣伝をしているとしたら、向こう様こそまちがいである。
どちたにころんだところで、私自身の実質は、善にも悪にも、少しも変わるものではない。ただ私自身がそのために心を動かし行いが乱れると、その時はじめて私が変わってくる。
私の真のねうちを高めたり落としたりするのは、他人ではなくて自分自身である。
丸山敏雄一日一話(幸せになるための366話)3月25日の言葉です。
どう言われようと自分自身は変わりません。
たしかにそうです。
しかし、しっかりとぶれない自分自身をつくる必要はあります。
正しい自分でなければいけません。
周りを不幸にするような行為はいけません。
常に正しいどうかを問う必要はありますね。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
関連コンテンツ
芸術の扉を開く 目を開いてみてば、そこには緑の草があり、紅の花がある。空は碧に、雲は白い。雑踏複雑きわまりない色と形と響きの市街を一歩はなれれば、単純な一色の野が開け、きわまりなき海面がひろがる。いぶ…
お家の芸 「お家の芸」という言葉には、限りない味がある。 自分ただ一人の創作ではない、その血にとけ、その肉にしみて、声となり技となって、伝えにつたえ、ねりにねったまことの集積、生命の結晶‥‥これが、「…
崇に於て吾れ王に見ゆることを得たり。退きて去るの志あり、変ずるを欲せず。故に受けざるなり。(公孫丑下十四章) すうにおいてわれおうにまみゆることをえたり。しりぞきてさるのこころざしあり、へんずるをほっ…
知ることは信ずること 人は、縄をもっては、その肉体をしばる事はできるが、その精神をくびることは出来ぬ。 人の心をかなしばりにしばりつけるものは、ただ一の信(まこと)あるのみである。 「士は己を知る人の…
神農の言をなす者、許行あり。(滕文公上三章) しんのうのげんをなすもの、きょこうあり。(とうぶんこうかみさんしょう) 【訳】 (昔、鋤、鍬を初めてつくり、人民に農業を教えたという)神農氏の説いた教えだ…