耳という心の関門|9月5日のことです。

Release: 2018/09/05 Update: 2018/09/05
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耳という心の関門
聞えぬことを無理に聞こうとして、聞き耳を立てたり、また聞いても聞かぬふりをしたり、耳をとおしてわが心を偽ることは皆、耳の機能をにぶらせ、耳を聞えなくすることである。
「風疎竹に来る 風過ぎて竹に声を留めず雁寒潭をわたる 雁去って潭に影を留めず」。こういう明鏡止水の心の門戸、そこには関守はいない。出入自在の音の門戸、その道には、草一本、塵一つヲ止めぬ。たんたんとはき清められた真直な、みがき上げた道が通っておる。これが正しい心の奥堂に参ずる、耳という心の関門である。
9月5日、丸山敏雄一日一話幸せになるための366話、今日の言葉です。
素直に耳に入れることが大切なのですが、どうしても人から伝わる言葉を解釈する耳はいろんな感情を巻き起こします。
関守が余計な知恵をつけてくるのが問題です。
いちいち疑ってみたり、その時の感情で素直でない時があり、また、その素直でない自分に瞬時に言い訳をつけたりする。
余計な関守の言葉に耳を貸さないで素直に入れること。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
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