否定の価値
Release: 2022/08/18 Update: 2022/08/18
否定の価値
そもそも精神というものは、それが真に伸びるためには、必ずや何らかの意味において、一種の否定を通らなければなりません。すなわち、この否定という浄化作用、すなわち自己反省というものを通らずに伸びたのは、精神としては真に伸びたのではなくて、かえって度のすぎたものとして、結局欠点になるわけです。【350】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
人間の長所と短所という問題のところですが納得いくところですね。
知識技能の面では長所を伸ばすことが良くて、精神面では短所を直し気にかけることが大切。
その中の精神面での話のですが、精神というの一定の否定が必要。
たしかにそうかもしれません。
自分が完璧に出来ているということは人間である以上ないことです。
常に心の問題がない状態が無いわけですから。
今やるべきことをやらないとか、固定概念で否定してみたりとか。
そういう部分を人は必ずもっていますので否定して、自己反省すべきなのでしょう。
常に自己反省しながら考えることが必要だと感じますね。
関連コンテンツ
伝記というものは、われわれにとって、人間の生き方を教わる意味において、いついかなる時期に読んでも、それぞれ深い教訓を与えられるわけですが、しかし私の考えでは、人間は一生のうち、とくに伝記を読まねばな…
常に志とともにあれ いやしくも、ひとたび真の志が立つならば、それは事あるごとに、常にわが念頭に現れて、直接間接に、自分の一挙一足に至るまで、支配するところまでいかねばならぬと思うのです。【296】 #…
愛するということは、元来「相手のために自己を捧げる」という意味がこもっているのです。いかに辛いことでも相手のためにそれを我慢し、さらには耐え忍ぶという所がなくては、真に愛してているとは言えないわけです…
真の教育者 真の教育者は、少なくとも二十年、三十年先の国家のことを、常にその眼中に思い浮かべていなくてはならぬ。【111】 #修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新…
「報徳記」と「夜話」に学ぶ 極端に言えば、小中学校では尊徳翁の「報徳記」と「夜話」とを読ませれば、修身書はいらぬとも言えるほどです。教科書を躬をもって突き抜けていくだけの信念がなくては、何を言っても無…