放心を求むるのみ|8月23日のことです。
Release: 2018/08/23 Update: 2018/08/23
放心を求むるのみ
学問の道は他なし、其の放心を求むるのみ。(告子上十一章)
がくもんのみちはほかなし、そのほうしんをもとむるのみ。(こくしかみだいしゅういちょう)
【訳】
学問の道は外にはない。ただ、自分のなくした心を探し求めることだけである。
〇松陰は、「この言葉は親切着実である。これを加えるものはない」と記している。
8月23日、孟子一日一言です。
本来持っている心をなくしてしまっているんでしょうね。
日々の生活の中、また育ってきた環境などで本来ある心がなくなっていく。
人は生まれながらにして善。
生まれた時にはあるものを取り戻そうとして学ぶんでしょうかね。
今日も一日がんばります。
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