準備は永く、味わうは一時

Release: 2022/08/04 Update: 2022/08/04
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準備は永く、味わうは一時

すべて物事というものは、これを準備するには、随分と永い時間を要するものですが、さて一たびそれを見るとか味わうことになりますと、それを準備するに要した時間の幾分の一にも足りない短時間に、否、時にはそれ以上ですんでしますものでもあります。【45】

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これは実際、よくよく考えるべきことです。

準備には時間がかかるが、一瞬でその出来事は終わる。

しかし、その準備を怠っていては良い仕事はできませんね。

下地をつくり、作業にとりかかり、完成してもうまくいくとは限りません。

人生というものは二度ないとし、時間も戻ることはないというのに準備おろそかだというのは残念な結果です。

※人間の知恵というものは、自分で自分の問題に気付いて、自らこれを解決するところにあるのです。教育とは、そういう知恵を身に付けた人間をつくることです。

※自分が躬をもって処理し、解決したことのみが、真に自己の力となる。そしてかような事柄と事柄との間に、内面的な脈路のあることが分かり出したとき、そこに人格統一もできるというものです。

※だが教室では、こういう教育は出来ません。教室でできることは、せいぜいその図面を示す程度のことです。

※人間は学校で教わることは、ちょうど地下工事に当たります。そのうえに各人が徳治の建物を建てねばなりません。その建物のうち、柱は教えであって壁土は経験です。

※同一のものでも、苦労して得たのでないと、その物の真の値打ちは分からない。

※死後にも、その人の精神が生きて、人々を動かすようでなければいけません。それには、生きている間、思い切り自己に徹して生きる外ないでしょう。

※よい先生にしてえらい先生、えらい先生にしてよい先生。これが教育者としての理想です。

※焼き芋は火が通らないとふっくりと焼けない。人間も苦労しないとあくが抜けません。

※人間は生まれると同時の、自覚の始まるわけではない。それどころか、人間の真の自覚を発するのは、人生の3/1どころか2/1まで生きないと、できないことのようです。そしてここに、人間に根本的な有限性があるわけです。

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