置土産
Release: 2023/01/17 Update: 2023/01/17
置土産
今諸君らの生活が、真に深く、かつ内面的に大きかったならば、諸君らの精神は、必ずや後に来る人々のために、一種の置土産となることでしょう。さらにまた、私共のように教職にある者としては、その精神は、仮にその学校を去る時がありましても、もしその生活が真実であったならば、必ずや後に多少の余韻が残るようでなくてはなりますまい。【516】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
生きれば死に、来れば去る。
そのように循環しているわけですが平常すぐに忘れます。
実際、熱を出したりよか様々に体調を崩しても死ぬとは思っていないわけです。
現実を見ないようにしてしまうものです。
真実に生きるというのは、やり残しのない一日をいかに過ごそうとするかということかもしれません。
場を自分がもっているのに精一杯にならないのは問題が多い。
なんだか反省です。
関連コンテンツ
一生を真実に生きる 世の中が正直だということは、この一生を真実に生きてみたら、おのずと分かることだと思います。それが正直と思えないというのは、結局そこに自分の自惚れ根性がひそんでいるせいです。同時にこ…
人間は、自ら積極的に欲を捨てるということは、意気地なしになるどころか、わが一身の欲を打ち越えて、天下を相手とする大欲に転ずることとも言えるのです。しかるに世間多くの人々は、欲を捨てるということを、単に…
捨欲即大欲 人間が真に捨てるということは、意気地なしになるどころか、それこそ真に自己が確立することであります。否、さらにそれによって、天下幾十万の人々の心の中までも伺い知ろうという、大欲に転ずることで…
学校の成績というものは世間でふつうに考えているように、必ずしもその人の素質を確実に窺い得るものとは思いません 。それよりむしろ、その人の素質と努力の相乗積を示すと考えた方がよかろうと思うのです。同時…
人生の峠路 諸君たちは、その欲すると欲せざるとにかかわらず一日一日、否、一刻一刻、この人生の峠路に向かって歩みつつあるのであり、実はその一歩一歩が、諸君らの方向を決定しつつあるわけです。【43】 #修…