自分の「顔」を仕上げる
Release: 2022/10/11 Update: 2022/10/11
自分の「顔」を仕上げる
われわれの一生は、ある意味からは、自分という一人の人間の、いわば面作りのようなもので、われわれは一生かかって、この自分の「顔」という唯一つの面を、仕上げるようなものとも言えましょう。【146】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
血と育ちに根差す人間のあくがたっぷり沁みついています。
まず簡単ではありません。
成長の過程のわずかな期間で沁みついてしまうものがあるんでしょうね。
言葉や行動、考え方など小学校へ上がるまでに形成されるものを生涯背負っていくのです。
この生まれることや育つ環境は自分で選択できるものではありませんからね。
一生を自分一人のためのものと考えると愚痴も出そうですが、次の世代のことを考えるとき、どこからでも多少なりとも変えることによって一族の血も変わっていくようにも感じます。
とにかく日々の行動で継続できることを増やすしかありません。
関連コンテンツ
四十歳 人生を山登りに喩えますと、四十歳はちょうど山の頂のようなもので、山の頂に立って見ますと、わが来し方も、初めてしみじみと振り返って見ることができると共にまた後半生をいかに生きたらよいかということ…
真の教育者 真の教育者は、少なくとも二十年、三十年先の国家のことを、常にその眼中に思い浮かべていなくてはならぬ。【111】 #修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新…
人は自己に与えられた境において、常に一天地を拓かねばならぬ。 #運命を創る100の金言 #森信三 人生には節目のようなものがありますが、1年の間にもたくさんの節目がありますね。 何かに集中…
かの孔子が論語の始めに「朋遠方より来るあり、亦楽しからずや」と言っている朋というのは、実は「同門の友」ということであります。同時にそう考えますと、また格別の味わいがありましょう。すなわちただ遠方から友…
人生の深さを知る 人生を生きることの深さは、実は人生を知ることの深さであり、人生を内面的に洞察することの深さと申してもよいでしょう【366】 #修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日…