批評知
Release: 2022/02/26 Update: 2022/02/26
批評知
批評ということは必ずしも悪いことではありません。否、批評知には、一種独特の鋭さがあって、なかなか馬鹿にならぬものですが、ただいつまでもその段階にとどまっていい気になっていますと、大馬鹿に陥る危険が多いです。つまり批評知そのものが悪いというわけではありませんが、同時にそのままいい気になっていたんでは、人間も真の成長はしないわけです。【499】
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2月あと2日ということです。
批評というとまだまだどっちがいいか判断しているようなイメージがありますが、私は批判的なものの考え方をどうしてもしてしまうふしがあると思います。
教授が言わせば”おめでたい人”です。
常に苦労をしていなければなりませんが、その時の心の持ち方が大切なんだと思います。
ここが出来ないのでいつまでもうだつの上がらないような状態なんでしょうね。
素直という部分もどのフィルターを通すかで変わりますよね。
こういう自分に気づき修正するのが一生の課題とは情けないかぎりです。
しかし、気づいた以上はどうにか少しでも変えることが必要ですよね。
人生二度なしです。
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