人の患は、好んで人の師となるに在り|5月12日のことです。
Release: 2018/05/12 Update: 2018/05/12
人の患は、好んで人の師となるに在り
人の患は、好んで人の師となるに在り。(離婁上二十三章)
ひとのうれいは、このんでひとのしとなるにあり。(りろうかみにじゅうさんしょう)
【訳】
人間の悪い癖は、とかく他者の先生になりたがることである。
孟子一日一言、5月12日、今日の言葉です。
そうかもしれませんね。
人に何かを教えるときは自分が学ばせてもらってもらっているということを忘れはいけませんね。
実際に教える人が一番学ばせていただいているということがあります。
アウトプットすることにより自分が教えられる。
仕事はかならず誰かに教えることがともないますからその時は自分が学ばせてもらっていると思わなければなりませんね。
今日も一日がんばります。
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