己れを枉ぐる者に|4月2日のことです。
Release: 2018/04/02 Update: 2018/04/02
己れを枉ぐる者に未だ能く人を直くする者あらざるなり。(滕文公下首章)
おのれをまぐるものにいまだよく人をなおくするものあらざるなり。(とうぶんこうしもしゅしょう)
【訳】
自分が不正を行っているような者が他者をまっすぐに正したということは、これまで聞いたことがない。
〇松陰は、「今の為政者は、政治と己の修養こそ根本であるということを分かっていない。人心は上の命令ではなく、好みに従うものである。だから、為政者たる者、ここに気付き、怠惰な気持ちを断ち切っり、戦場にいるつもりで民の先頭に立てば、黙っていても人民は従うであろう」と記している。
孟子一日一言、4月2日の言葉です。
これこそ道理ですね。
自分が正しくないのにというのはまさにその通りです。
人の上に立ち指示する人間が不正をしていて、どうしてその下の人達を正すことができるのでしょう。
正しくあることの大切さを感じますね。
今日も一日がんばります。
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