恒の産なくして恒の心ある者は|1月18日のことです。
Release: 2019/01/18 Update: 2019/01/18
恒の産なくして恒の心ある者は
恒の産なくして恒の心ある者は、惟だ士のみ能くすと為す。(梁恵王上七章)
つねのさんなくしてつねのこころあるものは、ただしのみよくすとなす。(りょうのけいおうかみななしょう)
【訳】
一定の収入がなくても、常に道を守り抜く心をもち続けられる者は、ただ学問修養のできた人物だけである。
〇松陰は、「この一句で、武士たる者のあり方を認識せよ。『武士は食はねど高楊枝』という諺があるが、同じ意味である。これは武士への教訓ではなく武士たる者の姿である。武士というものは、飢えても凍えても、自分は武士であるという自覚を失わないものだということはいうまでもない」と記している。
1月18日、孟子一日一言の言葉です。
家庭の教育というものを振り返った時、まったく伝えられていないことに愕然とします。
今、武士という職業はありませんがどんな時でも貫く信念は大事ですね。
自分のできることで、だれかの役に立つことを常に考えねばなりません。
そうでなければ生きているかいがないというものです。、
今日も一日がんばります。
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